読書から、穏やかな心を

本を読み、感想を書くことによる癒しを届けます

本当の自分でいることでの人付き合い

人付き合いが楽しい、最近そう思えるようになった。しかし、それまでは本当に苦手だった。おそらく思春期からずっと…。

私がどうやって人付き合いを変えていったのかお伝えする。

 

花

私は人当たりがいいから基本第一印象はいい。でも、とにかく嫌われたくない、いい人でありたいと思っていたから、その第一印象が崩れないようにいつも必死だった。

けれども、断ることもしないし、嫌なことも嫌と言えず、人に会えば疲れ、ぐったりして次の日まで寝込んでいた。

人と会うのが疲れる…もういっそのこと誰とも関わりたくない…そう思っていた。

私には仕事以外のコミュニティは一切なく、集まれば仕事の話しかしなかった。仕事の話はたいていネガティブだ。

そして私は自分の趣味がない。何が嫌で、何が好きかもわからなかった。

周りが悪いのではないのだ。私は仕事ではテキパキしている人間だから、自然とテキパキしているひとが集まっていた。でも仕事を終えた私は、本当はのんびりしている。だから、ふだんからテキパキしている人と交流を持つと非常に無理が生じていた。

交流は飲み会。同僚と遊ぶのは飲み会しかなかった。今考えると、大勢の集まりも、お酒もそんなに得意じゃなかった。私は朝の一人の時間が好きで、読書や映画が好き。食事は夜じゃなくてランチの方が好き。なんだか、真逆のことをして自分で勝手に疲れていたんだとやっと気づいたのだ。

「テキパキ」「お酒が好き」「誘ったら断らない」「なんでも頼みごとを聞いてくれる」みんなから見た私はこうだったんだと思う。

こうやって表に出している自分に合う人が集まるのは当然のことだった。

 

ではどうしたら本当の自分に合う人が見つかるのだろうと考えた。

そのために私がしたことは以下の5つ。

①自分は何が好きなのかを見つける。

②好きなものが見つかったら、それを公言する。

③少しでも違和感を感じる人からの誘いは断る。

④自分から探しに行く。

⑤仲間に見つけてもらう。

 

①自分は何が好きなのかを見つける。

とにかく自分が「これ好きかも」「ワクワクする」「心地よい」と思うことを何かやりながら判断していった。朝のカフェは落ち着くと感じれば好きなことだし、映画を観て、こういった内容は私は合わないなと思ったらそのジャンルは省いてみるなどして、常にアンテナを張って見つけていった。

 

②好きなものが見つかったら、それを公言する。

まずはSNSで発信した。好きなものを好きって言うのは勇気のいることだけど、自分を知らない人に表現することは意外にも私には容易だった。常に発信し続け、勇気が持てたら、今度は職場で言ってみた。

「私は映画が好きです」「ペン字が趣味です」「普段は読書をしています」

そうすると後輩が映画に誘ってくれた。私の周りはいつもテキパキしている人しかいなかったけど、その子はとても穏やかで、のんびりしている側面があって、私にはこういう雰囲気の人が合うんだなと胸が熱くなった。今までも、本当の自分に合った人は何人もいたけど、自分がどんな人間かもわからず、見過ごしてきてしまったのだと思うと涙がこぼれそうになった。とにかくうれしい瞬間だった。

趣味がインドアだからか、テキパキしているアウトドアな人からは自然と誘われなくなった。休み時間も読書をしているので、興味のない人からは声がかからない。そういうものなんだなとストンと腑に落ちた。

 

③少しでも違和感を感じる人からの誘いは断る。

以前は断ったら相手が悲しむかな、悪いかなと思ったり、物分かりのいい人と思われたくて断ることができなかった。でも、自分の心に正直になると、そのお誘いは「行きたくない」「苦しいこと」

最初は苦しかったけど「今日は疲れているので」「ちょっとそれは遠慮しておきます」と練習をを積むことで断ることができた。そうすると相手も「ああこういうのは苦手なんだ」「私とは違うんだ」と思うのだろう。それからは徐々に誘われなくなり、自分の好きなことや、本当につながりたい人のために自分の時間を使うことができた。

 

長くなってしまったので④⑤は次回の記事で書こうと思う。

人付き合いが苦しい場合、やはり自分の「楽しい」と反していることが多いのだと考える。私の場合は自分が何が好きで、何をやっているときが楽しいのかわからなかったし、わかろうともしなかったから、こんなにも長い間辛い、苦しいと思ってしまった。相手にも失礼だったと思う。一緒にいて楽しいふりをして、限界を超えると会えなくなっていた。きっと傷つけただろうし、がっかりさせたかもしれない。自分が我慢して生きることは、自分にとっても周りにとってもいいことではないのだ。

 

「自分らしく生きる」私の人生のテーマ。

このテーマでずっと記事を書き続けられるくらい、長い間自分を押し殺して生きてきたのかもしれない。そして、きっと同じように悩んでいる人は私だけじゃないはずだって思っている。このブログがどなたかに勇気を与えられますように。

自分の「楽しい」ことを見つけると、誰かのためじゃなく自分のための人生を歩むことができます。それはとても幸せなことです。

 

参考図書

 

 

 

『アウトプット大全』をフィードバックする

SNS、ブログを始めて約半年。

自己洞察力を深めたい、上手な文章をかけるようになりたいという目的で始めた。

実践してみた結果どうなったかのかフィードバックしていく。

 

精神科医・樺沢紫苑先生による『アウトプット大全』の情報発信するメリットに照らし合わせて評価していく。

著書の情報発信によるメリットは7つ挙げられている。

お花

①フィードバック効果が高い

→過去の苦い記憶について思い切って発信したところ「自分も似たような経験があります」「それでよかったんですよ」といった反応をもらえた。自分だけで悩み苦しみ、消したいくらい辛かった過去も、読者によって自己受容することができた。

 

②文章が上達する、アウトプット力が鍛えられる

→今までとにかく文書が書けなかった。LINEの返信も言葉が見つからず1時間かかってしまうこともあった。しかし、ブログを書き続けることにより以前より文章を書く時間も短縮された。常に自問自答を繰り返すようになり、自分の意見をスパッと言えるようになってきた。

 

③緊張感が出る

→このブログは上司や夫の家族も見ているかもしれない、誤解を招くような文章を書くのはよそう、という緊張感や責任が伴っている。誤った文章も書けないので不明瞭なことは調べる。確実に文章能力は上がってきたと実感する。

 

④情報と人が集まる

→ネットを通して好意的な読者の方から「こういった本もありますよ」「こういう考えもありますよ」と情報をいただけるようになった。固執した考えにならず、知識や情報の幅が広がり、深まっている。

これからはそういった自分と同じ価値観やビジョンを持つ人とリアルな交流を持っていきたい。

 

⑤社内での評価がアップする

情報発信していることを同僚には伝えていない。しかし同僚がドクターにメールするときには作成や添削を依頼されているので少なからず「文章が得意な人」とは思われているのかもしれない。だとしたらとてもうれしい。

 

⑥取材、出演、仕事の依頼がくる

→いつ来てもいいように情報発信を継続していく!(ポジティブシンキング!)

 

⑦楽しい

→これまでフェイスブックのアカウントは持っていたが、炎上されるのも怖かったし、知り合いのどろどろとしたネガティブな投稿を見ると気分が落ち込み、その人の知りたくない内面をも知ってしまうのが嫌で、これはデメリットしかないと思い積極的になれなかった。

しかし、ポジティブで責任のある内容を自分が発信すれば炎上することもないし、やはりポジティブな方が周囲に集まるようになった。

ブログを読んで「役に立ちました」という言葉をもらえると承認欲求が満たされ、幸せな気持ちになる。会社に行き働くことだけが社会貢献とは限らない。ネットを通じて誰かの心を動かすことも非常に意義のある社会貢献なのだと気づくことができた。

 

今まで情報は受け取る側だったし、自分が何か発信できるとは思わなかった。しかし、自身の体験がネットを通じ誰かの役に立つことを知ることができた。これからも情

報発信する側として生きていきたい。

 

結論:樺沢先生のおっしゃる通りでした!

 

参考図書

 

学びを結果に変えるアウトプット大全

学びを結果に変えるアウトプット大全

 

 

 

職場の人間関係を楽にする方法

『人間はみな環境に染められるのだとしたら、自分にできる最良のことは、これからは正しい環境、つまり自分が向かっていきたいと望む方向に合った環境を選んで身を置くこと』

『死ぬ瞬間の5つの後悔』で著者ブロニー・ウェアはこのように綴っている。

花展2019

 

ポジティブには波及効果があると言われており、もちろんその逆もしかり。

つまり、感情伝染するということだ。

職場にポジティブな人が一人でもいれば、場は明るく前向きな環境にと変化していくし、噂話や悪口の多いネガティブな環境にいれば、その環境に染まっていく可能性が大きい。

人は環境に左右されやすい。もちろん私もその一人だった。

以前ものすごくネガティブな職場で勤務していたことがある。

 

自分はそうはなりたくないと思っていたが、嫌われるのも怖いので悪口が始まったら同意するようになってしまった。

その職場で1年経過したころ、1週間で2キロの体重減少があり、頻繁に発熱し喘息を伴うようになった。

結果として退職へと至った。

 

環境に染まってはいけない、自分はなりたい自分でありたい、後にそう誓うようになった。

環境選びも重要で、もしまた非常にネガティブな職場に勤め、身体を壊してしまいそうなら潔くその場を去る、それを大前提として考えるようになった。

「いつもニュートラルに、ポジティブでいたい」

それが私の向かっていきたいと望む方向となった。

もちろん強い意志力が必要だ。

人と違う意見を持ち発言することには勇気のいることだから。

 

転職後私がまず取りかかったことは、悪口を言わない、噂話に乗らないということ。

以前職場の宴会で「harukaさんの愚痴が聞きたい!」と言われたことがあった。

もちろん、もやもやと発散してしまいたい事柄もあったが、悪口は自分を痛めつけることだと学んでいたので「愚痴なんてありませんよ。皆さんにはいつもお世話になっています」と笑顔で返した。

もしかしたら「つまらない奴」と思われたかもしれないけど、その後も無視されることもないし、周囲には親切にしてもらえた。

 

そして先日は「実はAさんって結構ブラックなんだよ、知ってた?」とBさんから言われた。

Aさんの仕事をする姿勢は感情的にならず淡々としていて私はとても尊敬していたし、ブラックだと感じるのはBさんの主観であって、私はBさんの色眼鏡は必要ないと感じた。

「そうなんですね。でも、聞かないことにしておきます」とさらっと受け流しその場をさっと離れた。

人の欠点は見方によっては短所にも長所にもなる。どちらの見方を選ぶかは自分で決める権利があるのだ。

 

なりたい自分になり働く、そのために愚痴や噂話をしない。

その意志をもって1年以上働いた結果どうなったか。

非常にストレスが少なく、周囲も笑顔で接してくれている。

「harukaさんはいつも笑顔で癒しの存在だよ」と言ってもらえるようになった。

 

自分がどうありたいのか、どんな人生にしていくのかを考え意識的に選択し行動すると思い描く結果が得られた。

後悔なき人生を歩むため、また一歩前進できた自分を誇らしく思える。

一度体と心を壊しても人はまた立ち上がることができる。

私が証明する。

このブログが誰かに勇気を与えらえることを願っている。

 

参考図書

 

死ぬ瞬間の5つの後悔

死ぬ瞬間の5つの後悔

 

 

 

 

 

仕事より家族を優先するということ

仕事よりも自分の健康や家族を大切にするとブログで発信してきた。

健康>家族>仕事、この順序を絶対基準としている。

優先順位がないと、どうしようどうしようと自分で判断することもできず、意志の弱い人、都合のいい人と思われ、自分の大切な時間が奪われ憔悴していく。

この優先順位を持たなかったころの私は、上記の通り憔悴していた。

では具体的にはどういう行動をとるようになったのか。

今日その価値観が自分の判断材料となった出来事がある。

雏菊


数日前から娘の咳がひどく、夜間も十分な睡眠がとれず、咳と同時に嘔吐してしまっていた。

昨日受診し、ステロイドの内服薬が処方され、夕方内服すると咳が鎮静化され娘は朝までぐっすり眠ることができた。

しかし、朝になるとまた咳き込む。

今日は出勤日だ。

出発前までに薬を飲ませたいが、娘は嫌がり薬杯を口元に持っていくも、口を閉じ開けようとしない。

ああ、時間がないのにどうしよう。

薬を飲まないで出勤してしまおうか。

でも、その場合娘は保育園で苦しい思いをしなければならない。

 

ハッとし、冷静になった。

時間をかけたら薬は飲ませることができる。

時間がないから焦って飲ませることができない。

私がやらなきゃいけないことは薬を飲ませ、娘の身体の回復に働きかけること。

職場は人手不足で猫の手も借りたいくらいだと思う。

咳くらいで休まないでよって思われるかな。

でも、私が優先したいものとは?

娘より患者さんに薬を飲ませることを選ぶ?

どちらも重要なことだけど、仕事より家族を大切にしたいと決めたはず。

私はその決めたルールに従い動いた。

 

お昼までに飲ませればいいと思えば、子どものタイミングをみて少しずつ飲ませた。

少し飲んではミカンを食べて、また飲んでは褒めてあげて。

1時間以上かかったけど、時間をかけてあげられてよかった。

ステロイドの効果があって、今気持ちよさそうに眠っている。

 

仕事より家族を優先する、それは口ではいくらでも言える。

大切なものを優先するには強い意志が必要だ。

そして、そう決めたからにはそのルールに従っていく。

少し前の私なら、薬を飲ませることを諦めて出勤しただろう。

職場で認められたかったし、迷惑をかける人と思われたくなかったから。

三つ子の魂百までとか、三歳児神話とか、それは信じていないし、母親が働くことに負い目を感じることはないと考えている。

実際娘は毎日「せんせいのうちにいく」といって通園を楽しみにしている。

ただ、子どもの具合が悪いときにはそばにいたいし、もし同僚の子どもがそういう状況であったとしたら「無理せず休んで。お互い様だから」と言ってあげたい。

 

もちろん仕事も大切だけど、バランスが重要なのだ。

上手くバランスが保てるのなら、小さな子どもがいても母親が働いていくことは可能だし問題はない。

しかし私の場合、娘は2歳で体調を崩しやすく、やはり毎回職場を休むことには心が痛い。

3月いっぱいで退職すると上司には伝えている。

私は退職を選択したが、それを勧めているいるのではない。

伝えたいことは、自分がどうしようか迷った時には、大切なものの順位を決めてそれに従い、自分にとってよりよい選択をしてほしいということ。

 

今日仕事を休み、娘のそばにいる選択をした今の気持ちは

「これでいい」

「母親としてやれることはやった」

自分の心に素直に生きていくことは、最も幸せな生き方なのかもしれない。

 

 

 

 

不得意なものがあってもいい

さいころの私は完璧主義だった。

クラスの中でなんでも1番をとらなければ気が済まなかったし、両親もそれを望んでいた。

だからものすごく努力をしたし、勉強も、スポーツもなんとか頑張ればその成果は出ていたと思う。

中学までは。

summer's joy

私は個人スポーツをしていて、高校は親元を離れた。

中学では全国で13、4番くらいだったかな。

トップとは大きな差があったし、技術的にもそれほどすごくはなかった。

でもトップに立ちたいと強い気持ちを持ち、毎日練習に明け暮れた。

でも、努力だけではどうにもならいこともあると今なら思う。

あれだけ頑張っても自分はトップにはとうてい及ばなかった、それが現実だ、そう振り返る。

当時は自分の実力を受け入れることができず「どうして」「こんなに練習しているのになんで結果がでないんだろう」と悩み、苦しんだ。

しかし、当時の悩みも時間が解決してくれた。

今こうしてすべてを受け入れることができている。

ただ、私の戦友がオリンピックに出場すると、母は

「お前も大学、社会人と続けていたら、オリンピックに出てたかもしれないね」

という。

はっきり言おう、無理です…

でも、否定しても還暦を過ぎた母に受け入れてもらうことはできない。

「そうかもしれないね」

そう返すのが優しさなのかなと、最近思うようになった。

うまくかわせるようになったということかな。

 

今思うことは、人間は完璧にはなれないし、得意なものもあれば不得意なものもある。

なにがなんでもすべて手に入れることは不可能で、手に入れることばかりに執着すると苦しみの多い人生を選択してしまう。

自分は何が得意で不得意、それは自分だけが見つけ出せるもの。

周りが評価するものではない。

今はもうすべて頑張ろうという思いはなくなった、というより無理、不得意なものを頑張り続ける苦痛の方が強い。

だから、いつも折り合いをつけている。

私は運転が苦手。だから雨の日や夜は極力運転はしない。

方向音痴。新しい場所へ向かうときはGoogleマップであらかじめ調べておく。

お金を扱うのが非常にストレス。会計は引き受けないようにしているし、どうしてもの時は、力になってくれる人と一緒にやってもらう。

 

少し前の私は、自分の苦手が「弱点」であり、恥ずかしいと思っていて言えなかった。

でも、無理をすると相手の自分への期待値が上がり、自分が苦しくなる。

自分が苦手とするものを素直に言ってしまっても、それはそれでいいんじゃないかなって思っている。

好きなことも、苦手なことも、少しずつ自己開示していくのが私の課題。

 

私の趣味について

私の趣味、それは「書くこと」

上手に書けているとは思えないし、素敵な文章を書く人から比べたら、わたしなんて箸にも棒にも掛からない…

そんなふうに思っていて「趣味」と口に出すのをためらっていたのかもしれない。

以前読んだ本に、幼少期に好きだったものはその人の本質であることを知り、もう一度自分の好きだったことを見つめなおしたいと考え始めた。

DSC04342-Edit-1

小学校高学年ころ、交換日記が流行って、クラスの女子4、5人と掛け持ちしながらほぼ毎日夜遅くまで日記を書いていた。

それは時間を忘れるくらい楽しい時間だった。

好きな人にこんなこと言われたよとか、この前読んだあの漫画が面白かったよねとか。

中学に入っても交換日記は続いていたし、自分だけの日記も書き始めていた。

英語の先生がとても優しくて生徒に理解があって、家庭学習ノートの隅に悩み事を書いて、返事をもらっていたなぁ。

友だちと小説を書くことも始めた。

タイトルは『ガラスの感情』(笑)まだ実家の机の引き出しに残っていると思う。

書いては友だちに見せて感想をもらって、友達の小説を読んでは感銘を受けて。

小さな学校だったからできたことだとは思うんだけど、クラスの友だちが作曲し、それを作詞してほしいと言われたのが一番の思い出。

その歌を卒業式に全校生徒で歌ったことが今でも忘れられない。

今思うとアウトプットの量が非常に多かった。

書くことは当たり前だったし、言葉で伝えるより文章の方がより深く伝えられる気がした。

当時は私と同じように書くことが好きな友だちが周りにいたから、共感しあい、充実した時間を過ごすことができた。

 

だけど、地元から離れた高校に入学し、環境が変わり、自分に自信が持てなくなった。

友だちたくさん作らなきゃ、誰とでも仲良くならなきゃ…そう思うと自分の好きなことを公言することができなくなっていった。

そのころから自分は気の合う友だちが作れなくなっていた気がする。

 

そのまま大人になっても結局無趣味だった。

趣味がなくて一番困ったときは、子どもを産んだ後。

娘はたくさん飲んでたくさん寝る子だった。

午前中2時間寝て、午後からも3、4時間寝て、夜は20時には寝て、朝までほぼ起きない。

1歳くらいまでほぼ毎日がそうだった。

その時感じたのは「やることなくて辛すぎる」

スマホの画面ばかりみて、誰と会うわけでも、連絡するわけでもなく、閉鎖的な日々を送り、早く働かなきゃということばかり考えていた。

 

そしてその後私は樺沢紫苑先生の『アウトプット大全』に出会った。

目に入ってきたのは「ブログを書こう!」「アウトプットは楽しい!」という文字だった。

その時ようやく、過去の自分は書くことが好きだったと思い出し、もう一度あのころのように夢中になって文章を書きたい!と思った。

15年以上書くことをしなかった私は、全く文章が書けなくなっていた。

本も読まないし、言葉が出てこない。

でも、めげずに半年ブログを続けていると、書けるようになってくるもので、少しずつ自分を表現することができてきたと感じる。

はやり楽しい、なにより自分を表現できることがこんなにも心を穏やかにさせてくれる。

あんなに退屈で、つまらない毎日はもう消え去ってしまった。

子どもが寝ている時間にパソコンを立ち上げブログを書いている。

正直、忙しい(笑)

でも、自分の好きなことが明確になると、私はなによりも書くことを優先し始めた。

本当はもっと、読者の役に立つことを書いた方がいいんだろうなーと思うんだけど、自分が楽しく続けられる方を選び、今日は書きたいことを好きなように書いている。

 

文章に自信はない、でも、今は趣味が「書くこと」だと胸を張って言える。

趣味は人生に彩を添え、私らしく生きていくかけがえのないものになっている。

そして、これからは同じ趣味を持つ人とつながっていきたい。

自分を隠さず、ありのままの自分を好きになってくれる人と、大切な時間を過ごしていきたい。

 

マインドフルネス『呼吸瞑想』

私が毎日行っているマインドフルネスを紹介します。

マインドフルネスの実践方法は色々ありますが、私は『呼吸瞑想』を取り入れています。

「瞑想…座禅?」と考える方もいるでしょうが、そんなに堅苦しくなく、椅子に座っていても、立っていてもできますよ。

花


呼吸瞑想の方法 

①背筋を伸ばして座る。立っているときも背筋は伸ばす。

②目は軽く閉じるか、半眼。

③「今、ここ」に、意識を集中する。

④おなかに集中して、呼吸による動きを確認。

 おなかが膨らんだことを感じたら「膨らんだ」お腹がへこんだら「へこんだ」と

 実況中継する。

 「吸って、吸って」「吐いて、吐いて」の実況中継のほうが簡単かも。

⑤雑念が出たら「雑念がでた」と実況中継し「戻ります」と念じ、再び呼吸に集中。

⑥初めは1分で始めて、3~5分、10~15分行う。

⑦意識を少しずつ自分に戻し、終了。

 

呼吸瞑想を行った直後の数分間、人は安らかで満ち足りた気分を覚え、知覚と共感が高まります。

また、定期的に行えば、脳の配線が永久的に変化して幸福度が高まり、ストレスが減り、免疫機能さえも改善されるという調査結果もあります。

 

私は「1日10秒でいい」と低い目標を立て取り組み、3カ月続いています。

毎日続けることで習慣化されていきます。

呼吸瞑想はマインドフルネスの基礎練習です。

この基礎が身につくと、子育てでイライラした時や、過去の嫌な記憶がよみがえった時に「今を生きていない、今こそマインドフルネスだ!」と気づき、呼吸瞑想をし気持ちを落ち着かせることができます。

とても簡単ですので、ぜひ、日常に取り入れてみてくださいね。

 

参考図書

 

危機を乗り越えるマインドフルネス (精神科医の本)

危機を乗り越えるマインドフルネス (精神科医の本)

  • 作者:藤井英雄
  • 発売日: 2020/08/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

ブレイン メンタル 強化大全

ブレイン メンタル 強化大全

 

 

仕事だけが人生になってはいけない

私は3年前、出産のため退職した。

看護師という看板を下ろした感じだった。

初めての子育ては楽しかった。

産婦人科と新生児集中治療室での勤務経験があり、子どもには慣れていたし、お母さんたちに育児指導もしていたので、育児を不安に思うことはなかった。

周りからは楽しているように見られたし、もっと一生懸命取り組まなきゃだめと言われた。

だんだん、そつなくこなせてしまうことに虚無感を感じていった。

今考えると、おそらく産後のホルモンの影響が大きのだとは思うけれど。

自分に価値があったのは「看護師」という仕事をしていたからであって、退職した今、自分は薄っぺらい人間で、何の価値もないーそんなふうに思ってしまった。

産後2か月で子どもを連れて就活した。

早く看護師として復帰しなければ…

早く自分に自信を取り戻したい…

ひどく、焦っていた。

そして娘が8カ月の時に復帰した。

復帰すると、自分は社会に必要とされているのだと思うことができ、自然と自信を取り戻すことができた。

仕事は大変だ。でも、これでよかった、そう思えた。

花

私はこのように仕事を中心に生きてきた。

しかし「生き方」を学ぶうちに、働くことに注力する生活に違和感を持つようになってきた。

『死ぬ瞬間の5つの後悔』著者のブロニー・ウェアは死が近づく患者の介護をし、死の床で聞いた後悔について綴っている。

家庭を顧みず仕事を優先してきた1人の70歳の男性は、気がついたときには家族を失っていたと死期を目前にしてこう振り返る。

 

仕事を辞めることが怖かった。地位が自分の価値を決めていた。

働きすぎたと後悔することになるような生き方をしてはいけない。

他人にどう思われるかなんて気にしなければよかった。

バランスを失わないようにし、仕事だけが人生にならないようにしろ。

 

ハッとした。

私は看護師であることに自分の価値を決めていた。

実際のところ、社会人になってから看護の勉強しかしてこなかった。

読書をしたこともないし、旅に出て何かを学ぼうとすることもなかった。

だから、看護師として働かなければ、本当に自分は中身のない人間だった。

そんな自分を打破したくて、ここ1年ほど前から看護以外の勉強をするようになり、ブログをはじめた。

するとどうだろう、「看護師」という看板がなくても、今の自分には十分価値があるのだと思えるようになったのだ。

上手な文章は書けないが、今こうして自分の思いを綴ることができ、誰かに伝えることができる。

そして、誰かの心に届くメッセージを送ることができているのだと確信している。

 

 

今、働きすぎていると感じている。

ナースコールは鳴りやまない。

常に走っていなければならない。

時間内に仕事を終えることができない。

家に帰れば、娘は私を求めている。

フルタイムで働く人から見れば、パートの私は余裕があるように見えるだろう。

専業主婦からは、子どもと離れている時間があるから、楽だよねと言われる。

ずっと人の目を気にしていたが、相手の価値観に心を奪われなくていいのだ。

人の大変さは他人が決められるものではない。

娘が私を必要としている今、「ママ」と呼ばれたら笑顔で返事をしてあげたい。

それには今の仕事はオーバーワークなのだ。

 

さらに著書では、こうも綴られている。

人生の意義は立派な仕事である必要はない。

何千人もの人を救う人もいる。一人か二人だけを助ける人もいる。どちらの仕事も同じように重要なのだ、と。

私は子育てに意義を感じられなかった。

たくさんの人を救う看護師としての仕事も尊いが、一人の人間の命を守り、育て上げる子育ても本当に意義のある仕事なのだと、著書を読みやっと気づくことができた。

全ては著書に答えがあった。

 

一人ひとり「働きすぎる」という価値観は異なる。

そして、働いていないことに価値を価値を見出せない人もいるかもしれない。

もしあなたが少なからずそう感じているのなら、一度立ち止まってほしい。

後悔なき人生のためのヒントが著書で見つけられるかもしれない。

 

死ぬ瞬間の5つの後悔

死ぬ瞬間の5つの後悔

 

 

なぜポジティブ思考は幸せなのか

「ポジティブ思考は幸せで良い結果をもたらす」

そんなことを良く耳にしませんか?

言いたいことはわかるけど、でもなぜ?その根拠は?とずっと気になっていました。

(看護師は根拠が大好きです…(笑))

その答えを見つけるべく

『幸福優位7つの法則』シェーン・エイカー著を手に取りました。

なぜポジティブがよくて、ネガティブが悪いのか。

それを皆さんにお伝えします。

20200926 Yakachigawa 2

その答えの1つは

私たちが次に起こるだろうと予測ことに、脳が反応するようにできているとういうことです。

それを証明する実験を紹介します。

 

1つ目。

実験者13人に目隠しをして、彼らの右手にウルシの汁をこすりつけると告げました。

やがて13人全員の右手に、かゆみ、腫れ、発赤などのウルシによるかぶれの症状が現れました。

当然かと思いますが、実はこすりつけたのはウルシの汁ではなく、全く無害な木の樹液だったのです。

次に彼らの左手に本物のウルシの汁をこすりつけ「無害な植物である」と告げました。

参加した13人はすべてウルシに強いアレルギーがあったにも関わらず、わずか2人しか発疹が現れなかったのです。

 

2つ目。

ホテルの清掃員を半分に分け、片方のグループには、この仕事によって彼らがかなりの運動をすることになると伝えました。

どれだけのカロリーを燃焼するか、掃除機をかける身体の動きは心肺機能を高める体操と同じ効果があるということなどを説明しました。

他方のグループには何も伝えませんでした。

数週間後、仕事は運動効果があると伝えられた清掃員たちは、実際に体重が減り、コレステロール値も下がっていたのです。

いつもより余分に働いたわけでもないし、仕事以外の運動をしたわけでもない。

変わったのは、彼らの脳が自分の仕事をどのように捉えたかという点だけなのです。

 

これらを「期待理論」と呼びます。

期待は脳に何らかの反応を生じさせるが、それは現実世界の出来事によって生じるのと同じくらいに本物でありうると説明しています。

 

また、あるでき事が起きるに違いないと考えると、脳の中で、それが実際に起きたのと同じくらい複雑なニューロンの発火が起き、神経組織に次々と連鎖的な動きが生じ、結果的に本物の身体的な症状があらわれてくるのです。

 

この内容から、思考は本当にその結果を生み出してしまうということがわかります。

「私は不幸だ。この先もどうせ、ずっと…」と考えていればそうなってしまうし

「私は幸せだ!これからも幸せになれる!」と思えばそのようになっていきますよね。

それなら、ポジティブに生きている方が絶対にいいはずです。

著書を読み、高頻度に現れるネガティブ思考を手放そうと決意しました。

 

私のToDoは

①ポジティブ日記を毎日書く→ポジティブなことに注目する反復練習

②毎日1つ親切をする→ストレスが緩和され、精神の健康度が高まる

③毎月1回感謝リストを書く→ポジティブが伝染する

 

今までもポジティブになりたくてやっていたことですが、どこか惰性でした。

「これらをすることでポジティブになる練習になり、良い結果が生まれる」

そんなふうに意識しながら取り組むと、より良い成果が出てくるはずです。

 

ポジティブに生きる人生を一緒に歩んでいきませんか。

 

 

 

 

 

 

小さな成功が積み重なれば、大きな成功につながる

先日、夫が仕事を辞めたいと言ったらどうする?という話題になりました。

私も聞かれたので答えました。

「死にたくなるくらい辛いなら辞めればいいと思う。

いつ辞めてもらってもかまわない。」

この意見に賛同してくれる人は、まあいません。

でも、私のブログを読んでくれる方は理解してくれると思います。

これはいつも夫に言っています。

「やめてもいいんだ」という選択肢があるだけで、救われると思うのです。

 

大溪韭菜花

 

この話もまた詳しくしたいのですが、今回伝えたいことはまた別です。

伝えたいこと、それは「人の意見に流されない自分になった」ということです。

以前の私は、自分に自信がなく、自分の意見も持っていない人間でした。

誰かに意見を求められても答えられなかったり、嫌われたくなくて相手と同じ意見を言うことしかできませんでした。

なんとなく自分とは合わない人のコミュニティに所属し、居心地の悪い思いをしていて

後にそれは自分が原因だと気づきました。

 

そんな人に流され生きてきた私が、すぱっと自分の意見を述べることができました。

その日は本当にうれしかったです。

相手の顔色を窺わず、自分の意見を言うことができた。

こんなにうれしいことはありませんでした。

相手には「えー、でもさ…」とか「そんな考え間違ってる」とか言われたような気もします。

「話にならない」「私とは合わない」そんなふうに思われたかもしれません。

でも、いいんです。

私は相手を批判したわけでもないですし、自分の意見を堂々と述べただけです。

以前は万人に好かれたいと思っていましたが、今はそうは思いません。

思いやりや感謝の気持ちを忘れず、自分のらしく生きる。

その方がよっぽど幸せな生き方です。

 

自分の意見を述べられるようになったのは、常に私だったらどう考えるだろうと、SNSやブログで情報発信をしながら自問自答してきたからだと思います。

ポジティブ心理学者ショーン・エイカーは『幸福優位7つの法則』で

「小さな成功が積み重なれば、大きな成功につながる」

と述べています。

この小さな成功を少しずつ積み重ねていけるよう、これからも練習、継続していきます。

 

2021年、ビジョンについて

あけましておめでとうございます。

2021年が始まりました。

私はまずビジョンを明確化しました。

Untitled

 

 

私のビジョンは

家族の癒しのサポーター

穏やかさを与えるメッセンジャー

になることです。

 

妻、母として、安心・安全に過ごせる家庭をつくることが今の私の仕事であります。

つい最近まで仕事人間だった私は、家庭の仕事に価値を見出せずにいました。

子どもは勝手に育つし、夫婦だけどお互い自分のことは自分でできるしなーと考えていたからです。

しかし、少しの努力で家庭の中が明るくなったことをきっかけに、妻・母としての役割の大切さに気づきました。

他人ばかりいる仕事にではなく、家族を大切にしよう。

家族が毎日健康に、ポジティブに過ごせるような環境を提供したいと思うようになりました。

 

そして、私自身の幸福。

人は自分の強みが発揮されると幸福度が上がると言われています。

私は学ぶことと、文章を書くことが好きです。

これらが全くできない1日は、元気がなくなります。

具体的には、読書をしブログで感想をアウトプットすることです。

これが私の生きがいになっています。

そして読者の方に、少しでも安らぎを与え、楽に生きるヒントをお届けしたい、そんなふうに考えています。

 

大それたことはできませんが、限られた時間の中で私がしたいこと、私にできることを踏まえ、このようなビジョンとなりました。

 

そのために、毎月3冊読書し、3冊アウトプットすることを目標としていきます。 

夫婦関係、子育ても常に勉強が必要ですもんね。

そして学んだ内容をシェアしていきたいと考えています。

今年はAmazonレビューにも挑戦していきます!

 

どんどんアウトプットし、楽しく、豊かな人生となるよう、2021年を過ごしていきます。

皆様にとっても実り多き1年となりますように。

 

 

 

 

2020年、夫婦関係について振り返る

今日は大晦日

1年が終わりますね。

せっかくなので、まだ評価のしていなかった課題について振り返ろうと思います。

 

私は仕事での成功やお金を稼ぐことが、人生の幸せだとずっと認識していました。

しかし、樺沢先生の本を読んだり、セミナーを受けることでその概念が覆りました。

健康とつながりの土台が重要であることにやっと気づいたのです。

その中でも「夫婦関係」については何の努力もせずに過ごしてきてしまいました。

 

 

無意識の距離

 

 


そこで1か月前に以下のToDoを立てました。

 

①夫に1日3回親切をする。

1日3回は非常に難しかったです。

いかにふだん、親切をしてこなかったという現実を突きつけられました。

特別な行動を起こすことはできませんでしたが、肩をマッサージしてあげる、夫の好きな食べものをつくる、笑顔で行ってらっしゃいという、夫が当直の日は娘の写真を送る…こんな感じで、必ず1日1回は親切をしました。

 

②夫に1日3回「ありがとう」という。

やってみると、案外感謝は口にしていることに気がつきました。

「今日もお仕事頑張ってくれてありがとう」

「娘のお世話をしてくれてありがとう」

「お風呂を洗ってくれてありがとう」

普段から言っていたんですよね…。

でも、なんとなく言っていたかもしれないので、目を見て、心を込めて言うようにしました。

 

③それを記録する。

これがとても重要でした。

親切をすることが難しかったし、忘れてしまうので、手帳に「親切」という項目をつくり、1日1回親切ができたら○をつけるようにしていました。

手帳は1日3回は見るようにしているので、夕方になっても○がついていなかったら「親切しなきゃ!」と気づけるのが私には合っていて、目標を掲げてから1か月以上、毎日親切をすることができました。

 

harukamotan.hatenablog.com

 

我が家は2人ともネガティブで、ため息が多く、そのため息にどちらかが反応し、さらにネガティブなオーラに包まれる…といった悪循環な空気をまとっていました。

しかし、このToDoを実践し

①ポジティブな会話が増えた

②笑顔が増えた

③相手にイライラしなくなった

このような変化が生まれました!

これはおそらく、私だけではなく、夫もだと感じます。

 

家にいる時間は長いです。

1日の大部分を一緒に過ごす家族と笑顔で過ごす時間が増えると、楽しい毎日へと変わっていきます。

今まで仕事の人間関係にばかりとらわれ注力してきた気がします。

しかし、もっと大切にすべきものは夫婦であり、家族だったんですね。

夫婦関係が良くなると、はっきり言って、仕事の人間関係は気にしなくなりました。

「まあ、仕事だけの関係だしな~」

「早く仕事を終わらせて帰ろう」

と考えるだけです。

 

この3つのToDoのほかにも取り組んでいたこともあります。

①相手を否定しない…もう大人ですから、相手の行動に文句はつけない。

②反応しない…ため息ついていても、気にしない。つきたいんだから仕方ない。

③任せる…娘のお世話の仕方で、危険を伴うことでなければ、夫の考えるようにやってもらいました。

 

来年度の私の目標は家庭内の成功です。

もちろん、あれやってみたい!こんなこともしてみたい!という野望、展望はあります。

しかし、今は夫婦円満を突き詰めてみたら、どんな自分に生まれ変わるのだろうという楽しみの方が勝っています。

夫婦円満が成功の秘訣」

この言葉を大切に、来年度をスタートしていきます。

 

読んでいただきありがとうございました。

みなさん、良いお年をお過ごしください(^^)/

 

 

思い込みを捨てて、もっと自由で楽しい人生を

家事、育児、仕事。

読書したい、映画観たい、ペン字の練習がしたい、ブログが書きたい、散歩したい…

私は、自分の趣味や1人の時間を持ちたいのに持てなくて、いつもやきもきしていました。

子育て中だから仕方ない、だけど、やっぱり辛い…。

2015ゆく年・くる年

 

しかし、私は「勝手な思い込みをしているのかもしれない」と気づきました。

それは

「家事は主婦である自分がすること」

「子育て中の母親は犠牲にならなければならない」

ということです。

 

この考えが自分を苦しめていました。

夫は私の仕事にも理解をしてくれるし、家事、育児にも協力的です。

「朝ごはんとお弁当は俺が作るよ」

「週末、でかけておいでよ」

とこれまでも言ってくれていましたが、

「そうはいっても、料理は女性がするものでしょ」

「でかけていいっていうのも、本心じゃないかもしれない…」

→結局は、私さえ犠牲になれば解決することでしょ?

と、なんともあまのじゃくな考えを持っていたのです(;^ω^)

 

夫が言ってくれていることと、反対のことを考えている。

だとしたらそれは思い込みですよね。

 

家事も子育ても、女性や母親だけの仕事だと決まっているわけではありません。

夫は料理をするのは嫌いじゃない、子どもと過ごす時間も楽しいと言っている。

 

じゃあ、そのとおり素直に夫に頼ってみようと決めたのです。

夕食は私が担当し、朝食やお弁当にまわせるよう多めに作ります。

そして夫が朝食とお弁当作りを担当する。

私は娘が起きるまで読書をしたり、ペン字の練習をします。

 

週末が近づくと、私から「週末の朝、2時間くらいカフェにいっていい?」と聞くようにしています。

「いいよ。行っておいで」と言ってくれます。

 

私の思い込みは、ずいぶん自分を苦しめていました。

もっと柔軟に、もっと素直に生きられると、人生は自由で楽しくなるのだと実感しました。

自分の心に余裕ができると、子どもとの時間ももっと楽しくなるし、家事にも前向きになれる。

そして夫の外出も、笑顔で送り出すことができます。

 

「時間がない」は、自分の思い込みが関係しているのかもしれません。

「自分がしなければ」のフィルターを一度外してみませんか。

 

穏やかに過ごすための人付き合い

私は日々穏やかに過ごすことを人生のテーマとして掲げています。

穏やかに過ごすためには、付き合う相手を見極めなくてはなりません。

bright flower

注意しなくてはならないのはイライラしている人たちの集まり。

悪口や、うわさ話ばかりの飲み会。

いつも不平不満で、文句ばかりを言っている人たちやその集まりには近づかないに限ります

相手のイライラしたエネルギーを受けると、怒りは伝染し、ストレスホルモンは増強します。

自分の心がかき乱される相手と無理までして付き合う必要はないのです。

 

以前の私は、断ると「付き合いの悪い人」と思われるのがいや、相手にがっかりされるのがいやで、誘われたら必ず「イエス」と言ってきました。

やはりそういうネガティブな集まりに参加すると、自分もネガティブワードが口から出てしまうし、帰宅後にはぐったりと気分が沈むばかりでした。

 

しかし、今の私は「常に心穏やかでありたい」という信念を持っています。

その気持ちに正直になってからは、不平不満の多い人との付き合いはきっぱりやめました。

少しでも違和感のある人とは付き合わない。

近くで誰かがイライラしたり、グチを言い始めたらその場から離れる。

カフェや買い物も開店と同時に行き、混雑を避ける。

そんなふうにして心の平穏を保っているのです。

苦手な人や場所にはできるだけ深入りせずに、適切な距離を保ち、自分ができる工夫をしていくことが大切です。

 

そして自分の心地よい場所、人を見つけましょう。

私は週末朝7時にカフェに行きます。

がらんとした店内は寂しいどころが、心に落ち着きを与えてくれます。

店員さんを顔見知りになり、会話が弾む。

朝来店する人はPCで仕事をしていたり、手帳に書き込んでいたり、読書をしたり、参考書を読んでいたり…

私も同じように過ごしているので、知らない人ばかりですが朝の時間を大切にする仲間がそばにいる感じがして、ほっとします。

 

自分の信念に忠実であれば、心をかき乱されることなく生きていけます。

私もやっと一歩踏み出し、なりたい自分に向かって進んでいます。

 

このブログがどなたかの参考になればうれしく思います。

 

参考図書 

「怒り」が消える心のトレーニング

「怒り」が消える心のトレーニング

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イラっとしても気分は変えられる!

ついイラっとしてしまうことってありますよね。

感情的になって人生を台無しにしないためにも、アンガーマネジメントを身につけましょう。

      朝日

 

まず、イラっとしても柔らかい表情を心掛けることです。

なぜなら脳が「今、自分は楽しい」「機嫌がいい」と判断し

本当に幸せな気分になるからです。

 

怒らない自分をつくるために以下の習慣があります。

①深呼吸する

 副交感神経が優位になりリラックスできる深呼吸がおすすめです。

 呼吸瞑想も効果的でしょう。

 

②表情を変える

 笑顔をつくるだけでポジティブな気持ちになります。

 柔らかい表情でいることを心がけるだけでも気持ちが柔らかくなります。

 

③所作をていねいにする

 身のこなしがきれいになると、気持ちも清らかになります。

 忙しいときでもゆっくり丁寧な行動を心がけましょう。

 

④言葉遣いに気を配る

 表情と同様に、言葉遣いも気持ちにつながっています。

 言葉遣いが丁寧で穏やかな人は、気持ちも穏やかになるのです。

 

私は仕事中「いつも笑顔だね」「イライラしないの?」とよく言われます。

私はアンガーコントロールの習慣を無意識に身に着けていました。

得意分野なのです(笑)

なぜならイライラし表情や態度、言葉に怒りがあらわれると人間関係が上手くいかないことを知っているからです。

イライラしている人のそばにいると疲れてしまい、自分へもイライラが伝染してしまうのを避けたいといつも思っています。

 

③所作をていねいにする

④言葉遣いに気を配る

この2つはずっと大切にしてきました。

気をつけるだけで気持ちを落ち着けて仕事をすることができます。

みなさん、ぜひ試してみてくださいね(#^^#)

 

ちなみに…仕事中はプロを意識しているのでアンガーマネジメントはできますが

家庭ではイライラしてしまいます(泣)

そういうときは笑顔をつくれなくなっていたり、身のこなしなんぞ考えられていないのです…。

さあ!家庭でも実践し、穏やかな家族関係を気づけるように私も取り組んでいきます!

 

参考図書

 

「怒り」が消える心のトレーニング

「怒り」が消える心のトレーニング